2017年2月21日火曜日

ペルー人、無事来沖!のはずが国際線乗り継ぎでまさかのトラブル

待ちに待った来日Xデー
2016年11月某日。

無事に在留許可証(手続き関係の詳細もいずれ別記事で書きますね)もビザも取得したペルー人、16年間のイタリア生活に別れを告げ、日本にやってくる、、、!はずでした。

はずでした?!

いや、結果的には着いたんですが何事もすんなりいかないのがさすがペルー人。夕方、ペルー人を出迎えるべく空港に向かった私と両親。父は車で待機。到着ゲートの前でペルー人をじーっと待つ私と母。

しかし、、、、待てども暮らせども出てこない!

荷物どころか本人もでてきません?!
手荷物受け取りがすべて終了しても出てこない!笑

ペルー人、まさかの行方不明です。

最後に彼とやりとりしたのは仏のシャルルドゴール空港を発つ前。そこから先はLINEのみが連絡手段だったのですが、一向に既読がつかずネットにアクセスできてない模様。

どうしようもないけど帰るにも帰れず、、、。とりあえず両親には車に戻ってもらい、あと一便だけ、、、と覚悟を決めて次の到着便を待つことにしました、、、、。

予定の便で現れないペルー人。そして次の便を待つこと数時間。次の便の到着マークがつき、徐々にでてくる搭乗客。待つこと数十分。

で、でてきたーーー!!ほんとによかった〜

よくYouは◯しに日本へ?!とかで空港出迎えに失敗しているカップルとかみて、なんでもっとちゃんと連絡手段とか確率してないのー?!とか思ってたけど、まさか自分がその状態に陥ろうとは....orz

空港って必ずWi-Fiあるし、まさかまさか連絡が取れない事態があるなんて思わなかったのです。羽田のフリーWi-Fiのアクセス方法がどうやらよくわからなかったようですが、もう少し非常事態について話し合っておくべきでした。


予定の便で到着できなかった理由とは?
さて、なぜ彼が予定の便で現れなかったかというと、、、乗り継ぎ地点の羽田で預け荷物のトラブルが起きていたからだそうで、、、。

なんでも出発地のフィレンツェの空港で預け荷物は最終到着地で受け取ると言われたらしく、それを真に受けた彼は羽田の国際線ターミナル到着後、手荷物だけを持ち国内線ターミナルに移動。その後、預け荷物を一度受け取らなければならないことを知ったらしいのです。

そりゃそーだ。入国した時点で一度荷物検査があるはずです。

そんなこんなでしかたなく再び国際線ターミナルに戻りなんとか荷物をゲットするも、フライトには間に合わず。その後JALのグランドスタッフの優しいはからいで次の便に乗せてくれたそうな。
(格安チケットだったのに、、!JALのお姉さんありがとうございます

そんなこんなでペルー人、無事に上陸しました。この時私は出産予定日一週間前。これから先さまざまなカルチャーショックが待ち受けているあろう、彼の運命やいかに?!





ペルー人夫と国際結婚。なぜ日本に住むことにしたのか。

まずは私たちの簡単なプロフィールを
Ola~!  はじめまして。
四十路のペルー人の旦那と0歳の乳飲み子を抱え、日本で生活しているアラサー、一児の母です。このブログはそんな私とペルー人のドタバタ人生をおもしろおかしく?!書き綴ろうと立ち上げました。

最近ではあまり珍しくない国際結婚ですが、国際結婚をしている人、検討している人、色々悩みは尽きないかと思います。自分で言うのもなんですが、経済的にもギリギリで、言語にも不自由がある、国際結婚の中でも底辺をいっている私たち家族の体験談が良い意味でも悪い意味でも誰かの参考になればいいなぁ、と思います。まだまだ結婚1年目なので、これが成功例なのか失敗例なのか、人生は未知数ですが(もしかしたらこのブログを書いてる途中で離婚?!とかなるかもしれないですしね、笑。)一つの読み物として楽しんでいただければ幸いです。

なぜ日本に住むことになったのか
結婚する前の私たちですが主人はイタリアに、私は日本に住んでいました。ペルー人はというと二十歳そこらから兄弟でイタリアに住んでいたそうで、そんな彼と1年間イタリアに専門分野の研修のため留学していた私は当時住んでいたアパートの大家さんを通じて出会いました。そこから結婚に至るまで1年と9か月(その頃私は妊娠2か月)。ペルー人が来日したのが出会ってから2年と4カ月。何度か遠距離の時期も重ねつつ、お互いが一緒に暮らしていくにはどうしたらいいのか話し合いを重ねました。といってもほぼ消去法な考え方でしたが・・・。

イタリア、日本、ペルー 3つの国を比較してみて…
主人にとって言語に問題がなく仕事もあるイタリア。美しい街並みと芸術に囲まれて子育てができるのもとても魅力的です。出産も含めて基本的に医療費もかかりません。食料品も日本より安く、美味しいイタリア料理もあります。私のイタリア語は完全移住となるとまだまだレベルアップが必要でしたが語学学習はもともと好きなのでそこはあまり気にしていません丘でした。しかし公的な手続きをするたびに理不尽且つものすごーく意味不明に待たされることがとても多く、日本からの郵便物もまともに届かない。その頃主人はホテルに勤めていましたが、契約社員として更新を繰り返す中でいつ切られてもおかしくない状況でした。当時の彼の年収(月に1000ユーロほど。届かない月もありました)で私に在留許可が降りるかも疑問でした。(これはオフレコですが、主人には兄弟がたくさんおり皆イタリアに住んでいます。家族での集まりがとにかく多く毎週のように誰かの誕生日パーティーやら食事会がありました。実は私、これが苦手でして、、、だって毎週の休みを親戚付き合いに割くにですよ?それもとにかく時間にルーズで自己中なパーティーの多いこと。沖縄にもうちなーたいむ(沖縄のルーズな時間感覚)がありますがそんなの比じゃないです。住んだらこれが一生続くのかーとその当時は思っていたのです。今ではそれもよかったかも、なんて思いなおしていますが…)まぁとにかく私にとってはトータルで1年半ほど住んでみて、ちょうどその国の嫌な箇所が目立つ時期、といいますか。そんな感じでした。きっとこの時期を過ぎたらまたイタリアのいいところがたくさん見えてきて好きになっていたと思うのですがその時点では積極的に住みたいという意思はなかったのです。フィレンツェは大都市の中ではまだいい方ですが治安は3か国中、中くらい。子どもの登下校は中学生まで親同伴必須です。

一方ペルーはというと、首都リマに主人の実家があります。言語は、主人はもちろん母国語なので問題ナシ。私のスペイン語は初心者レベルかそれ以下くらいでした。メリットは主人の両親が住んでいること、近くに兄弟を含め親戚がたくさんいることです。大家族の中で子育てをするのは子どもも社交性や積極性を育てるのには良さそうです。(相変わらずフェスタ嫌いの私ですが、、、)物価もとても安く、私は主人の手料理に釣られて結婚したといっても過言ではないくらいペルー料理が大好きなのでそれも魅力的です。ペルーには沖縄出身の日系人のコミュニティーもあるので、実際には行ったことがありませんが何かしら私の出身である沖縄との関りも持てそうだなーという印象。ただ、、、、仕事がないんです。そして給料が安い。平均月収は月3万ほど。なにかしら外貨を稼げるような仕事があればいいのですがそうでなければ、私は日本に帰国するのもままならなくなるのが容易に想像できます。もちろんですが治安は3か国中一番悪いです、笑。日本人の私は一人で道を歩くことさえできません。

そして日本はというと、とにもかくにも安全。都会はどうかわかりませんが、私の地元では子どもたちは外で元気に走りまわっています。子育て、教育環境はよいのですが、主人は日本語が話せません。これから勉強してもビジネスレベルまであがるのか謎です。よって仕事にありつけるのか、家族を養っていけるのかが一番のネックでした。あ、そして物価が本当に高いですよね。家賃はイタリアより安いですが、野菜や果物、お米など食料品が高いので、安月給で食べていくのは本当に大変そうです。

というのが3か国で住むことを比較したときの私の印象。主人はというとペルー以外なら、、、という感じでした。とにかく仕事がないのだそう。私にはわかりませんが兄弟全員で国を飛び出すくらいですから、本当に仕事がないのかもしれません。ただ兄弟や甥、姪たちがいる住み慣れたイタリアにいたいという気持ちも当然ながらありました。仕事がないのはイタリアも同じなのでその中で家族を養っていけるのかという不安が大きかったです。日本ももちろん言葉の壁があるので仕事に関してはイタリアよりも不安がありましたが、以前に自動車関連の工場で勤務していたときに日本語の話せない南米系の人や、アジア系の人が結構働いていたので、ペルーやイタリアと比べると日本は仕事を選ばなければそこそこあると思ったのです。

はじめての妊娠、出産も相まって
私はまだペルーにいったことがなかったので本当なら行ってみて決めたかったのですが、結婚式の1カ月に妊娠が判明したので、出産、子育てなどのことも考えることになり、初めてのことでとても不安があり自分と子どもにとって一番安全な場所で産みたい。と思うようになりました。結果、私は日本に帰国、主人は当面仕事があるためイタリアに住むことにしたのです。ただ子どもが産まれる瞬間は家族として父親として一緒にいて欲しいということは伝えていました。その為の滞在許可証の申請なども一応しつつ、最終的には私に合わせるように日本に移住することを決断したのは主人でした。なんせこのペルー人、超がつくほどのポジティブ思考の持ち主なので、住んでみて仕事がなさそうならイタリアに戻ればいいじゃないか。と、最後にはイタリアのアパートをあっさり引き払って日本にやってきました。そうやって私たちのジャパンライフがはじまったのです。

親バカ全開のペルー人
そしていざ子どもが産まれてみると彼、信じられないくらいの子煩悩だったのです。とにかく面倒見がよく、もう片時も子どもと離れたくない。といった具合。なので、一時は仕事がなければイタリアに戻って 
仕事を探して家族をよびよせるなんて考えていた彼も、子どもの成長は見逃したくないので、がんばって日本ではたらく、だそうです、笑。そうして私たち一家は日本でしっかり生活をする道を模索しはじめました。



2017年1月10日火曜日

プライバシーポリシー

個人情報の取得及び利用について

当サイト(http://okinawaperuano.blogspot.jp/)では、コメントの投稿などに際してユーザー名やメールアドレスなどをご登録いただく場合があります。

その際にいただいた情報は、管理人Yucca Yucca 当サイト内でのコメントの返信の際に用いるにとどめ、

ユーザー本人の許可なく第三者に個人情報を開示いたしません。

また、法律の適用を受ける場合や法的強制力のある請求以外には、いかなる個人情報も開示いたしません。



クッキー(Cookie)について

当サイトでは、一部のコンテンツについて、情報の収集にクッキーを使用しています。

クッキーは、ユーザーがサイトを訪れた際に、そのユーザーのコンピュータ内に記録されます。

ただし、記録される情報には、ユーザー名やメールアドレスなど、個人を特定するものは一切含まれません。

また、当サイトではユーザーの方々がどのようなサービスに興味をお持ちなのかを分析したり、ウェブ上での効果的な広告の配信のためにこれらを利用させていただく場合があります。



当サイトが利用・提携しているサービス



・広告配信

当サイトでは、今後第三者配信の広告サービス(Googleアドセンス)を利用する予定です。
第三者配信の広告サービス利用する際には追ってプライバシーポリシーに明記いたします。

このような広告配信事業者は、ユーザーの興味に応じた商品やサービスの広告を表示するため、当サイトや他サイトへのアクセスに関する情報 『Cookie』(氏名、住所、メールアドレス、電話番号は含まれません)を使用することがあります。

またGoogleアドセンスに関して、このプロセスの詳細やこのような情報が広告配信事業者に使用されないようにする方法については、こちらをクリックしてください。



・アクセス解析ツール

当サイトでは、下記のアクセス解析ツールを利用しています。

Googleアナリティクス

Googleアナリティクスはトラフィックデータの収集のためにCookieを使用しています。

このトラフィックデータは匿名で収集されており、個人を特定するものではありません。

この機能はCookieを無効にすることで収集を拒否することが出来ますので、お使いのブラウザの設定をご確認ください。

この規約に関して、詳しくはこちらをクリックしてください。



免責事項

当ブログのすべてのコンテンツ・情報につきまして、可能な限り正確な情報を掲載するよう努めておりますが、必ずしも正確性・信頼性等を保証するものではありません。

最善の注意を払って情報を提供していますが、誤情報が入り込んだり、情報が古くなっていることもございます。

当ブログに掲載された内容によって生じた損害等の一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

本免責事項、および、当ブログに掲載しているコンテンツ・情報は、予告なしに変更・削除されることがあります。


2017年2月1日 管理人 Yucca Yucca